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中小同族企業が100年超継続企業を目指す

京都100年企業研究会 第5回 本家西尾八ッ橋様 企業訪問セミナーレポート報告

京都100年企業研究会 本家西尾八ッ橋様 企業訪問セミナーレポート
社長、ベテラン従業員さんのお話、工業見学、会員間でのディスカッションを
まとめさせていただき、そこから得た私なりの気付きをコメントさせて
いただきました。
京都100年企業研究会第5回本家西尾八ツ橋様企業訪問セミナーレポート報告2011
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京都100年企業研究会 第5回 本家西尾八ツ橋様            企業訪問セミナーレポート報告

 

平成23年3月27日作成

                            株式会社 ひろせ総研

                            中小企業診断士 林 勇作

 

訪問日 平成23年3月18日金曜日 13時から20時30分

(懇親会 かわみちや養老含む)

訪問先 本家西尾八ツ橋本店

参加者 8名(内当研究会会員・準会員4名)

スタッフ 4名(船井総研 五十棲様含む)

 

.西尾陽子14代社長のご講演 

1.八ッ橋の由来

元々、八ッ橋の由来は、そのような橋があったのかと聞かれることはよくありますが、そうではありません。伊勢物語や謡曲「かきつばた」の舞台となった「三河国八ッ橋」の故事にあるとされています。「その昔若くして夫を亡くし、二人の幼子を育てている母親がいました。朝早くから夜遅くまで一生懸命働いていました。そんなある日、家で留守番をしていた小さな弟が兄に母親に会いたいと懇願しました。

二人の兄弟は母親に会いに行きます。しかしその行く手には川がありました。二人は懸命に渡ろうとしたのですが、足を滑らせ二人とも溺れてしまい亡くなりました。

悲しんだ母親は仏門に入りましたが、子を思う日々が続きました。ある日の夢の中でお坊さんが夢枕に立ち、明日の朝、川に行けば材木が流れ着いている。それで橋を作りなさい。それが子供の供養となるだろう。と言いました。そこで川に行ってみると本当に材木が流れてきており、それを集めて橋を架けました。その数が8つあったことから八ッ橋と名づけられたとのことです。」その話を聞いた京都の西尾家の先祖がこの話を広めるため、橋の形に似せた米粉のせんべい菓子を作り、八ッ橋と名付けました。時に1689年元禄の時代だったそうです。その後中興の祖といわれる十二代西尾為治氏により菓子博で金賞の栄誉を受け、パリ万博でも銀賞の栄誉に輝きました。今に至るまで京都の代表的な銘菓として、人々に親しまれました。戦時中は非常食として重用され、天皇家にも献上されたそうです。近代に入り、更なる売り場を求めて京都駅にやって来たところ、駅弁売りの姿を見て、これを八ッ橋でもやってみようと考えました。そこからまた新たな発展を遂げたのです。

現社長の西尾陽子様は父、夫の後を継ぎ、14代目として今に至ります。これまで新店舗展開を図り、また現代の食感に合わせた新商品を次々と開発し、その勢いはとどまりません。

そんな社長がおっしゃったのは、京都には八ッ橋屋は小さい店舗も含めると16店あるそうです。しかしうちが最も特徴としていることは、スピードだと言うことでした。

思いついたらとりあえずやってみること。やってみてだめならだめでやめればいい。

大会社のように何人もの印鑑を回らなければスタートできないのでは、勝負に負ける。いい意味でうちは家族経営を貫いているからこそ、可能なシステムである。とのことでした。

 

 

    ここで私が感じたこと①

    発祥からしても人の情け深さを思うところから始まっており、人との関わりを大事にする京都の老舗らしさを感じました。うちの強みはスピードと言い切るところに守るべきものはしっかり守り、変えるべきものは即変えるという老舗の智恵が生きているように感じました。

   

2.西尾家の伝統 家訓

『陰徳を積む』 自分自身は表に出さず、他人のために一生懸命尽くします。これを続けていくことで、子孫のために家を残し、商売を続けることができます。

この家訓を裏付ける、一つのエピソードを社長からお聞きしました。ちょうどその日がバレンタインデイだったこともあり、朝方に離れて暮らす女の子の孫が訪ねてきて、顔も知らないおじいちゃんに対して仏壇にチョコレートと手紙を添えてお参りしていたところを見られたそうです。誰かから言われるのではなく、自分から祖先を敬う孫を見て、社長は西尾家の家訓は確実に守られてきていると心の中で思ったそうです。

    

    ここで私が感じたこと②

    人知れず人の為に良いことをする、というのは口では簡単ですが、実際やってみると難しいものです。人から認められることも無く、誉められることも無く、自分の信念に基づいた行動ができるということです。今回の東日本大震災が起こったことで公共広告機構のACCMがよく流れています。そこで「心は見えないけれど心遣いは見える。思いは見えないけれど、思いやりは見える」というフレーズがありました。ここでは見えることが言いたいわけではなく、行動に表すことが必要なのだと言っているのでしょう。そこにも通じると社長はおしゃっておられました。

 

3.13代目(父)からの教え

    父親から子供の頃から教えられたことは沢山あります。ご先祖の教えとして8つの言葉を父が記しました。ここに「親切を売り、満足を買う」「七分で満足 十分を望むな」「子孫の為に 徳を積む」など意義深い教えが残されています。

    他にもいくつか挙げてみます。

  人にものを差し上げるときは、自分が要らないものを渡すのではなく、自分も惜しいと思えるものを渡しなさい。

  商売で物を売るときは、価格以上の価値があるものと感じていただけるように

笑顔の接客やお客様への気遣いをしっかり行うようにしなさい。

  義理のある方からどうしてもお金を貸してほしいと言われたら、無下に断らず、

自分のできる範囲の金銭を貸すのではなく差し上げよ。貸しているという思いが残ると後々トラブルの元となる。

  ものを差し上げるときは小さめの器にできる限り詰め込んで、まだまだ入っているというくらいの充実感を与えよ。

  従業員は家族の一員と思って、厳しくやさしく接し、育てよ。愛情さえあれば従業員はちゃんと分かってくれている。

  勤務については組織なので一定のルールは必要である。破れば厳しく罰しなければならない。しかし原則は西尾商店として親と子、兄弟のように語りかけ、心配りをすることが大事である。怒った後のフォローもしっかりと行いなさい。

 

 

ここで私が感じたこと③

家族的経営が一般的には否定されつつあります。コンプライアンス(法律遵守)、ディスクローズ(情報開示)という概念が、家族的な、なあなあさ、を認めないのでしょう。しかし老舗の強みの一つを家族的経営の中に見たように思います。単なるどんぶり勘定的ないい加減さではなく、しっかりとしたルール(親しき仲にも礼儀あり)を守り、お互いに愛情を持って接するところは、聖徳太子が定めた十七条憲法「和をもって尊しと為す」に原点があるように思います。

 

4.後継者育成

     息子さんに早ければ今年の秋には代を譲るとおしゃっている社長に後継者育成のポイントを尋ねました。基本は先ほどの陰徳を積むにあるように人知れず、親の行動、言葉を日常の中で実感しながら育ってきているので、改めて教育ということはないそうです。しかし代を譲ろうと思ったここ3年ほどは、できるだけ業務を任せ、息子さん自身に判断、決断させるようにしてきたとのことでした。最近では自分ならこうするというときに、息子さんも半分くらいは同じように行動するようになったとおしゃっています。

    このことを示す、次のようなお話を聞かせていただきました。

    「最近のこと、息子さんが乗っておられる社用車が10年経ったので、乗り換えようということになった。ローンを組み、頭金を支払い、後は納車を待って最終契約を締結するばかりとなっていた。そこに今回の大地震が発生した。その影響は観光客がメイン顧客の当社にとって30%以上の顧客減少となった。そこで社長自身の報酬や、従業員の給与・賞与もいくばくか減額しなければならないと思っていた。これでは車の購入など難しいのではと社長は思っていた。しかし既に頭金も支払い済みでどうしようかと思案していたところ、息子さんから、あの車の件は無しにしたと話があった。言わずとも息子は分かってくれていたと社長は安心した。」ということです。

    

    ここで私が感じたこと④

     他の老舗の経営者も同じようなことをおしゃっています。それは後継者というは小さな頃から同じように育てられており、知らず知らずに自覚しているものであります。よって改めてここを継ぐための英才教育をするということは無く、自然に親の日常の会話、行動から学んでいくといいます。現代において子供に男子が1人、多くて2人という少子化の中では自ずから後継者が決まってきます。小さな頃からの生活環境に老舗の風土、家訓がDNAに刷り込まれ、特別なことは必要ないのかもしれません。ただ進取の気性といった今までに無いものを学ぶために、経営者になるまでに外国へ留学したり、他社に就職してみたりと、外の風に当たる方も多いようです。

  

5.老舗の社会的意義とは

   文化を創出し守り続けることである。と一言で言い切られました。

   

    ここで私が感じたこと⑤

そうなのです。京都の老舗はそれぞれのお店が独自の文化を持ち、育んでこられました。だからこそ京都の独特の文化、風土、町並み、ブランドが生まれたのです。文化のあるところに人は集まり、逆に人がいなくなると文化も廃れます。今後日本の人口が減少の一途に向かいます。そんな中でいつまでも守っていきたい京都の文化があります。老舗はそれを守り続ける義務があり、またそれを使命と考えておられる老舗の経営者は多くいらしゃいます。

 

.工場見学から 

    工場長のご案内で八ッ橋の製造工場を見させていただきました。機械そのものは年代物ですが、手入れが行き届いており、順調に作業が流れていました。焼き八ッ橋と生八ッ橋は別のラインで製造されており、生八ッ橋の方が歴史も浅いため、近代的な設備が整っているようでした。実際の売上高も生八ッ橋のほうが圧倒的に多く、製造量、種類が多いので、資金的にも人的にも投資されていました。

    箱詰めなどの作業は基本的に人の手によるのですが、指導役の正社員1,2名に対し、パートタイマーの方が7,8人という感じで、まわしていました。

    パートタイマーといっても長期雇用の方が多いため、1年未満の方でも十分戦力になっている様子でした。出荷サイクルにあわせた人員配置、季節に応じて製造する種類をシフトさせ、また1日、15日には業者向けの特注八ッ橋を製造するなどお客様のニーズに即、対応できる体制は、スピード対応を当社の強みとされていた社長の思いがここにも生きていました。

    ちなみにこれからの季節である春には、修学旅行生用にチョコバナナの生八ッ橋が一番の売れ筋とのことでした。お土産用というより自分で食べるために買うのでしょうね。

 

 

    ここで私が感じたこと⑥

    これまで工場見学は数十社見てきました。中には最新鋭の自動機械が数十台並んでおり、人影がまばらな工場もありました。しかし西尾八ッ橋さんの工場は製造の大半の工程は機械がやっていましたが、お客様の目に触れる商品の最終チェック、包装は人の手をかけていました。お客様への心配りが老舗の最大の強みであることからも、その部分は印象的でした。また身体障害者の方の雇用も推進しておられ、外注先でも身体障害者の方が多く働いておられる企業に発注されているとのことでした。箱詰めのセット組みなどを外注されているのですが、少しでもこちらの手間が省けるように同封のチラシや案内も一式まとめて組んでくれるまでにレベルも上がってきたそうです。

    社会に対して自分たちができる範囲で貢献していくこと、それが長く続ける秘訣であり、社会と共存共栄する秘訣なのだと思いました。

    

.お店の生き字引 岩佐様のご講演 

    当年で76歳になられる岩佐さんは、会社の方からも生き字引的に一目置かれている存在です。ご本人の承諾もいただけたので、急遽飛び入りでお話いただきました。内容は①八ッ橋の由来から今まで親しまれているわけ。②生八ッ橋はなぜ三角か。③焼き八ッ橋の丸みの構成比率は。④京都の菓子の歴史についてでした。

    岩佐さんのお話を聞いていますと、人生をともに歩んだ八ッ橋は自分の子供のようであるかのように、愛情溢れるものでした。

    話を要約しますと、「今の焼き菓子の90%は小麦粉を使用しているが、焼き八ッ橋は昔から米粉を使用している。それだけ焼き菓子には米粉が合わないのだが、あえて米粉を使うことで、近年米の味を忘れつつある日本人に米の味を思い出させる、今まで味わったことのない味となっている。近年の味の趣向に合わせ、生八ッ橋の開発を東京オリンピックの時期に実行した。あのやわらかい生地に餡を包むと言うアイデアは広くお客様に受け入れられ、今では売上の大半を占めるまでとなった。京都にはその昔、都があり、天皇家がおられた。その居所であった京都御所の周りには多くの業種の匠が集まった。まさに頭脳集団の集結である。

    ここから伝統産業が生まれて発達し、それが現代の老舗となっている。八ッ橋もその一つである。京都の銘菓として全国でも知名度はトップクラスである。

    生八ッ橋の三角の形は八の字を連想させるから。焼き八ッ橋の丸みは縦1:横2であり、それが一度見たら忘れない特徴を引き出すのである。」

      

    ここで私が感じたこと⑦

    京都といえば何を思い出すかのアンケートで大手新聞社が行ったところ、八ッ橋   

    は第三位に入ったそうです。京都に関するすべての中での結果だけに、驚きの順位です。しかしそこには八ッ橋発祥のお店としての試行錯誤、工夫があることに気付きました。一つのことを極めるにはここまでのこだわりが必要なのだということを岩佐さんから教えられました。

 

.参加者間のディスカッションより

1.今日の訪問から自社に取り入れたいこと

   ・リレーランナーの意識を再認識した。自分がゴールでないのだ。を実践していきたい。

   ・ 継承者間の思いが大変身近に感じられ、自分も親との会話を密にしていきたい。

   ・家族的経営の見方が変わった。ルールは必要。思いを明文化することで正しく継承することができると思う。

   ・家族的経営は業種によって当てはまるものがあると思う。逆に言うとメーカーなどは論理的・合理的に書面による継承を行わないと事故にもつながりかねないと思う。 

2.自社において残しておきたいこと

   ・介護事業所後継者:在宅介護を中心に行っていきたい。理由は施設介護だとどうしても自分と利用者の関係が主従関係となり、上から目線の対応になりがちである。在宅介護は利用者のホームグラウンドでの介護であり、対等の立場で接することができる。そうした関係を持っていたいので在宅看護を重視したい。

3.現社長から期待されていること、次期社長に期待すること

    人と人は直接会うことによって信頼も生まれ、ことが発展していくと思う。

    人との出会いを大切にしていこうと思う。

 

4.自社にとっての社会貢献とは 

    地域経済への貢献、文化を創ることが100年企業となる理由である。

    八ッ橋の社長がおしゃるとおりである。

    キリンビールの例:キリンフリー(アルコール0.00%)を出すことはビール会社にとって、タブーとされていた。しかし昨今の交通事故、規制強化を踏まえて、社会がノンアルコールビールを求めていた。社会的意義を感じ、キリンビールは英断した。その後病気でビールを飲めなかった父がこのキリンフリーを飲んで大変喜んだ。感謝しているという手紙が届いた。など新発売に対してありがとうの反響が大変多くあった。

    

    ここで私が感じたこと⑧

     ご参加いただいた皆さんとのディスカッションでは、素直な意見を出していただきました。自社の例、他社の例を織り交ぜ、具体的な事例が出たことは大変興味深かったです。というのも西尾社長のお話をはじめ、この企業訪問で感じたことを、自社のこれからの経営に取り入れていこうという思いかあったからこそ、こうした話が出たのではないかと考えるからです。

     そこに私の企業訪問の最終的な目的があります。ただ聞いて見てすごいね、よかったね、ではなく老舗企業の継続の秘訣を学び、自社に取り入れ、自社も100年企業となっていくことが必要であると考えています。

 

以上

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企業継続のための3つの仮説

このテーマはこれまでの私の老舗研究の

中から生まれてきたものです。

 

一見当たり前のことのように見えますが、

それを当たりえのように実践することが

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いるか具体的事例でご説明します。

 

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